ここ10数年の間に現代建築における世界最高峰の若手建築家として知られるようになったデンマーク人のビャルケ・インゲルス氏。彼の率いる建築事務所、ビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)は、 コペンハーゲン、ニューヨーク、ロンドンにオフィスを構え、ヨーロッパだけでなく北アメリカ、アジア、中東を股にかけ、数々のプロジェクトを手がけている。
2016年にBIGが発表した「Via 57ウエスト」は、マンハッタンきっての一等地であるミッドタウンに22,000ft²(約2,000m²)の中庭を中央に構える高層ビル。ある角度からは三角形に、また別の角度からはピラミッドのように見えるデザインは批評家から高い評価を受けている。このインタビューでインゲルス氏は、不動産開発が社会と環境におよぼす影響や、集合住宅と文化施設への建築アプローチの違いなどについて語ってくれた。
私はよく建築を肖像画に喩えます
Bjarke Ingels
建築に興味をもったきっかけについて教えてください。
実は私は漫画家になりたかったのです。幼い頃からずっと絵を描き続けてきましたが、漫画を教える大学は存在しなかったので、代わりに風景や建物を描く技術を磨くのもいいなと思ったのです。(インゲルス氏はコペンハーゲンの王立芸術アカデミーとバルセロナのカタルーニャ工科大学で学んだ。)そうしたら建築にすっかり魅了され、そのとりこになってしまったのです。
建築家を目指すにあたって、どなたの下で学ばれたのですか。
オランダでは、レム・コールハース氏の下で修業しました。彼は、私に建築は政治的、経済的、社会的な出来事の一部になることができると教えてくれました。学生時代に師事したイェンス・トーマス・アルンフレド教授は、数多くの共同住宅を設計したデンマーク人の建築家です。彼は、建築とは社会的側面が常に重要で、これを通じて私たちが理想とする生き方のフレームワークを作ることが大切だと教えてくれました。そして、シドニー・オペラハウスの設計で知られるヨーン・ウツソン氏も私の師です。彼は中国のパゴダやアステカ帝国の寺院といった伝統的なデザインを現代的に解釈する達人でした。
ご自身のスタイルについて説明していただけますか。
私たちは1つのスタイルに固執しません。私は、建築を肖像画に喩えることがよくあります。良い肖像画かどうかは、それを描いたアーティストが自分自身を表現できるだけでなく、主題の内面とポテンシャルを把握して描き出すことができるかにかかっています。プロジェクトを行うとき、私たちはその空間がどういうものなのか、何になることができるのか、誰がそこに暮らすことになるのかをくまなく理解しようと努めます。肖像画を描くアーティストと同じように、主題が違うので、同じ作品はありません。
この目で見てみたいと思う環境を作ることができれば、建築家と周りの環境双方がWin-Winの状態となります
アメリカとヨーロッパの建築スタイルの違いはなんでしょう。
コペンハーゲンのビルは大体6階建てです。マンハッタンでは30階建てが普通です。しかし、これは、そこに暮らす人々の好みでそうなったというよりは、その土地の風景、気象、素材、ライフスタイルによって決まってきたものだと思います。例えばニューヨークで素材といえば鉄が主流ですが、コペンハーゲンでは大抵コンクリートを使います。
コペンハーゲンでは、“新しい北欧料理”のパイオニア「ノマ」の新しいレストランを手がけました。ノマの特徴は、世界の様々な料理からインスピレーションを得て考案したレシピに従って、北欧の大地でとれた動植物だけを使って調理することです。これと同じように、様々な建築のスタイルからインスピレーションを得ることはできますが、設計したものをどこか特定の場所に建てるとすれば、それはその土地の気候に合ったもの、地元の素材や影響を取り入れたものでなくてはなりません。
建築の世界で周囲に認めてもらうのに苦労した経験はありますか。
建築の世界には多少、矛盾した状況が存在します。ビルを一度も建てたこともない建築家を信用して、ビルの建築を任せようと思う人は一人もいません。若い時は色々工夫して、まだ自分がやっていないことがいかに素晴らしいことであるかを理解してもらわなければなりません。
私たちがまだ駆け出しだった17年前、コンペティションに参加した時は必ず、勝ったか負けたかに関係なく、自分たちが設計・デザインした内容の全てをBIGのウェブサイトに掲載していました。そうすることで、私たちの仕事で見るべきものや期待感をもってもらえるようなアイデアが、常に豊富にある状態をキープしたのです。1つのプロジェクトの完成までには長い時間がかかります。ですから、建物が完成するに従って、自分のポテンシャルを増大させていく必要があります。
住宅と文化施設とでは、設計するにあたってどのような違いがありますか。
文化施設の場合、建築を体験すること自体が芸術体験の一部であるため、建築そのものへの関心がより明確です。住宅は、かなり厳格な市場の決まりに従ってデザインする必要があります。解決しなければならない問題や解き放つことができる可能性について考慮し、そこから得た知見を生かしてデザインを決定していきます。それだけではなく、どの要素を切りとってもそれが建物に付加価値を寄与していることを立証できなくてはなりません。
ニューヨークでのプロジェクト「ザ・イレブンス」は、空中公園として有名なハイラインとハドソン川の間に立つ2つの高層ビルです。私たちは、片方の建物のプロポーションを変化させる方法を見い出しました。これによって建物の下層を上層より狭くできるので、ハイライン側のタワーにいる人もハドソン川を見ることができます。建物のプロポーションが下から上に向かって変化していき、2つのタワーがお互いを上手に引き立て合うようになっています。
公共の領域において建築家はどのような責任を果たしていると思われますか。
建築家と建設に携わる人々が自分たちのことだけを考えていたら、都市の環境は劣悪なものになってしまうでしょう。建築家が建物を建てるときには、世界の小さな片隅に、自分の理想の世界を実現するという責任が常に伴います。自分がこの目で見てみたいと思う環境を作ることができれば、それが建築家と周りの環境双方がWin-Winの状態となります。その方が、自分の周りの環境にもとっても良いし、自分自身も満足できる環境の中で暮らすことができるようになるという訳です。