Designer's Corner

バウハウス創設から100年-モダンラグジュアリー建築デザインに今なお大きな影響を及ぼす

数多くの才能を輩出したバウハウス。当時デザインされたオリジナルの邸宅が市場に出ることは稀だが、 特有のデザインスタイルにインスパイアされたハイエンド住宅は現代においても高い人気を誇っている。

by Mareesa Nicosia 20191025

アンドリュー・フランツ・アーキテクツが設計した米マサチューセッツ州のマーサズ・ヴィンヤード島にある邸宅。バウハウスの影響が見て取れる。

スイス・アスコナの町にあるバウハウス時代に建てられたヴィラ。設計は建築家カール・ヴァイデマイヤー。

スイス・アスコナの町にあるバウハウス時代に建てられたヴィラ。設計は建築家カール・ヴァイデマイヤー。

米ニューヨーク州ブリッジハンプトンにあるサムズ・クリーク・ハウス。

社交の場で「バウハウス」の名前を会話に出せば、相手はクロームメッキのスチールパイプ椅子、優美なティーポット、普遍的な魅力を持つサンセリフの書体などを思い浮かべることだろう。またはテルアビブにある「白亜の街」のような、細長いバルコニーが幾重にも並んだ集合住宅を想起する人もいるかもしれない。バウハウスの哲学に着想を得た1930年代の建築物が数多く残るこのエリアは、マンション、ホテル、レストランなどの高級物件が立ち並ぶ、イスラエルで最もスタイリッシュな街区の一つとして知られている。

14年間という短い期間に膨大な数の作品を生み出したドイツのデザイン教育機関バウハウスは、建築家ヴァルター・グロピウスによって創設された。ナチス・ドイツの弾圧を受けて1933年に閉鎖されるまで、ハンネス・マイヤーやルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエなどの世界的建築家が学長を務めたことでも知られている。

創設100周年となる今年は、世界各国で記念イベントが行われている。バウハウスの魔法にかかった物事は数多いが、現代のラグジュアリー住宅もその一つであるといえよう。もっともバウハウスが社会的平等の実現を目指していたことを思えば、グロピウスらが今も生きていて、彼らと“ラグジュアリー”がこれほど密接に結びつけられていると知ったら、困惑するかも知れないが。

アンドリュー・フランツ・アーキテクツが設計した米マサチューセッツ州のマーサズ・ヴィンヤード島にある邸宅。バウハウスの影響が見て取れる。

バウハウスに所属した芸術家たちの当初のミッションは、第1次世界大戦後の住宅不足を解消し、大衆のための家具を製造することだった。こうした計画が大規模に実行されることはなかったが、装飾をそぎ落としたミニマルなデザインと「機能が形態を決定する」という理念の影響は、開校から100年が経過した現在も衰えることはない。また不動産においても、一般の人々のための建築を志向したバウハウスのデザインが、皮肉なことに、洗練された趣味を持つ裕福なホームオーナーたちの間で高い人気を誇っているのも事実だ。

今日の住宅・商業建築にも、ガラスとスチールを多用し、直線を活かした幾何学的なバウハウスのデザインは広く見受けられる、と語るのは建築学者・作家であり、米コネチカット州ニューカナーンにあるミュージアム「グラスハウス」(=ガラスの家)のチーフキュレーター兼クリエイティブディレクターを務めるヒラリー・ルイス氏。グラスハウスは、建築家フィリップ・ジョンソンの元自邸で、現在は美術館として運営されている。

「バウハウスは、20世紀にモダニズムの考えを広めた中心的存在で、その影響から逃れることはできません。今日も“モダンデザイン”は私たちの生活の一部として深く根付いており、それはテルアビブやマイアミ、アスペン、フランス南部、サンパウロなど、あらゆる場所で確認できます。今日において、世界の大半の現代建築家が建物をデザインする様式なのです」

新旧の融合 

1933年にバウハウスが閉鎖されると教授や生徒たちはドイツを逃れ、ブダペストやスイスなどヨーロッパ全土に散らばっていった。グロピウスとその家族はロンドンに一時滞在した後、1937年に米マサチューセッツ州ボストン近郊の街リンカーンの郊外に2300平方フィート(約214平方メートル)の手ごろな大きさの家を建てた。現在、グロピウス邸は歴史的に重要な邸宅博物館として、保全団体「ヒストリック・ニューイングランド」が管理・運営している。同団体のビジターエクスペリエンスチームのリーダー、ピーター・ギトルマン氏によると、グロピウスと妻イセはこの家で世界中から訪れる建築家、アーティストを始めとする関係者らとの活発な交流を長年に渡って続け、その結果、グロピウス邸は離散したバウハウス派が集まるメッカとして知られるようになったという。

グロピウス夫妻の邸宅は、アメリカ人に「モダン・ニューイングランド・スタイル」という建築スタイルを知らしめたが、中央に排水パイプを通した平屋根など、当時としては見慣れないデザインのため、近所の住人は懐疑的な眼差しを向けていたとギトルマン氏は言う。当時12歳だった娘アティに自分専用の玄関を作るよう頼まれたグロピウスは、彼女のベッドルームの窓の外に螺旋階段を付けたほどだった。

スイス・アスコナの町にあるバウハウス時代に建てられたヴィラ。設計は建築家カール・ヴァイデマイヤー。

木材、レンガ、自然石という伝統的なニューイングランド地方の建材を使って建てられたこの邸宅を眺めていると、建物と周辺環境との調和を何よりも重んじたグロピウスの理念がヒシヒシと伝わってくる。しかし同時に、グロピウスはその基本理念を維持しながらも、正面玄関に採用した不透明の大きなガラスパネルや防音のための石膏など、当時としては斬新だった素材を融合している。

「グロピウスは常に、入手できる素材を使い、土地特有の建築からアイデアを得て、20世紀という新しい時代に合わせた設計を志向していました」とギトルマン氏は言う。

数年後、グロピウスとパートナーであるマルセル・ブロイヤーは、このコンセプトをさらに磨き上げ、ピッツバーグの鉄鋼業界で財を成した権力者の自邸「アラン・I W・フランク・ハウス」の設計と、インテリア家具全てのプロデュースを請け負った。グロピウスのキャリア史上最も重要なプロジェクトといわれるこの個人邸宅は、9つのベッドルーム、13のバスルーム、室内プール、5つのテラスに加えて、屋上にはダンスフロアを備えている。広さ1万2000平方フィートの母屋は、周囲を5000平方フィートの庭に囲まれている。

近年では、中古、注文住宅の違いを問わず、バウハウスの理念に影響を受けたモダニスト・スタイルの新たに建てられた家を探すことはそれほど難しくない。しかし、バウハウス全盛期に建てられたハイエンドの一戸建てを購入できるチャンスは稀だ。

しかし今なら、スイス南部アスコナの村にある物件が市場に出ている。澄み切った湖と緑豊かな山々の絶景を望み、バウハウス・スタイルの平屋根が特徴のヴィラで、7つのベッドルームと4つのバスルームを備えている。クリスティーズ・インターナショナル・リアルエステート傘下の不動産仲介業者「ヴィタク・コンサルティング」の共同オーナー、ウエリ・シュノーフ氏によると、1934年にこの家を建てたのは、ドイツ人建築家のカール・ヴァイデマイヤーで、バウハウスの生徒ではなかったものの、若い頃からこの新しいデザインの潮流に親しんでいたという。

スイス・アスコナの町にあるバウハウス時代に建てられたヴィラ。設計は建築家カール・ヴァイデマイヤー。

竣工以来、数世代に渡って同じ一家が所有してきたこの邸宅が市場に出るのは今回が初めてだという。提示価格は623万スイスフラン(約6億7120万円)で、同時期に建てられた邸宅の中でも、現存している数少ない物件だという。「このような物件を購入するのは、すなわち歴史の一片を買うのと同義です」とシュノーフ氏は述べる。

創立から100年を経たバウハウスの影響は、その年月を通して世界各国へと波及したため、現存するオリジナルのバウハウス住宅と、バウハウスの影響を受けて建設された住宅の数を正確に把握するのは非常に困難だと専門家は言う。ニューイングランド地方を筆頭に、バウハウス出身のヘルベルト・バイヤーが第2次世界大戦後に居を定めた米コロラド州アスペン、ミース・ファン・デル・ローエが活躍したシカゴ、マルセル・ブロイヤーが長年暮らしたブダペストにもバウハウスの影響が色濃く残る建物が現存している。

機能がデザインを決定する

ニューヨーク市にある建築事務所「アンドリュー・フランツ・アーキテクト」でアソシエイトを務めるアン・メイソン・ケンパー氏によると、「デザインによってより良い日常生活を実現する」という現代の建築家が当然視している考え方は、今でこそ至極真っ当に聞こえるが、バウハウスが誕生して間もない時代には、急進的なコンセプトだったという。

現在手がけているプロジェクトを引き合いに出して、ケンパー氏はバウハウスの影響について、「バウハウスの思想が私たちの意識の中にすでに深く浸透しているため、空間をデザインする際、ほとんど無意識の、あるいは潜在意識の領域でその影響が作用している」と考えているという。(注文住宅をオーダーする際、明確に「バウハウス・スタイル」を望むのではなく、「モダニスト・スタイル」をリクエストするクライアントが多いと建築家たちは本誌に語っているが、もしかするとケンパー氏の考察こそがその理由なのかもしれない。)

バウハウスは、20世紀にモダニズムの考えを広めた中心的存在で、今日でもその影響から逃れることはできません

数年前、米マサチューセッツ州にあるマーサズ・ヴィンヤード島で、広さ5000平方フィートの別荘の建築を依頼された際、ケンパー氏とその同僚はバウハウスの哲学だけでなく、様々な建築家たちの作品にインスピレーションを求めたという。「2人とも自宅で仕事をしている内向的なマンハッタン在住のカップル」と自身のプロフィールを説明するオーナー夫妻には、10代の子どもが2人いる。彼らからのリクエストは、家族4人それぞれのために、窓のある読書のための空間、つまり完全に隔離されてはいないが、好きな時に一人こもってリラックスできるような快適な空間を作ることだったという。「機能がデザインを決定する」。この原則どおり、オーナーの優先事項を前提に設計図が決まっていった。

またケンパー氏率いるチームは、伝統を感じさせる質感とエネルギー効率を兼ね備えた素材をこの邸宅のためにチョイスしたという。こうして2016年に完成した「メドウ・ビーチ・ハウス」は、ニューイングランド地方にある邸宅らしく、ホワイトシダーで覆われた外壁と自然石の煙突を持つ。また壁板の裏に入れる断熱材を通常より厚くすることで、寒暖の差から家を守りつつ、ガラスパネルを多用することで自然光をたっぷりと採り入れられる構造になっている。

この邸宅でメインとなるリビングエリアの天井を飾る未塗装のオーク材でできた梁を指差しながらケンパー氏は、「私たちは装飾に頼るのではなく、反対にシンプルさを追求し、クラフツマンシップが表現されるようにしたのです」と説明してくれた。

アウトドアを屋内に採り入れる

ニューヨーク市にベースを置く「MBBアーキテクツ」のパートナーである、建築家のメアリー・バーナム氏は、同事務所が2016年に手がけた米ニューヨーク州ブリッジハンプトンの別荘プロジェクトで、「室内と屋外の境界を曖昧にする」というバウハウスのもう一つのテーマに取り組んだという。(これは、広義のモダニスト・スタイルでも重要なテーマである。)

5ベッドルームある「サムズ・クリーク・ハウス」は、カジュアルなスタイルのキッチン・ダイニング・リビングエリアが特徴で、半屋外のベランダと、母屋の端から端まで続く屋外テラスが室内外の一体感を演出している。また、邸宅の至る所から広大な芝生とプールを望める構造になっている。

米ニューヨーク州ブリッジハンプトンにあるサムズ・クリーク・ハウス。

夫と共にこの家を所有するエリザベス・ターナー氏は「子どもたちが何歳になっても、実家に帰って来たいと思えるような家、ここにずっと住みたい、友だちを招待したいと思えるような家を建てたいと考えたのです。この家を、誰もが訪れたいと思える場所にしたかったのです」と語る。2人には今年大学に入学する18歳の双子の息子がいる。

ターナー氏と未公開株式投資会社でシニア・パートナーを務める夫は、1年の大半をニューヨーク市内で過ごすが、夏の週末には時折、親戚を招いてハンプトンにあるこの1250万ドル(約13億1700万円)の別荘で過ごすという。彼女のお気に入りは、オープンな間取りとガラス製スライディングドア。キッチンにいながら、ベランダのグリルでバーベキューをしている夫とスムーズに協力して調理を進めることができるという。そんな2人はテラスで食事を取ることが多いという。

住宅を設計する際、そこに暮らす人々が、家そしてその外の世界とどのようなつながりを築きたいと望んでいるかを重視しているとバーナム氏は語る。

「その昔、グロピウスやミースが住宅の設計をしていた時も、これと非常に近いテーマを追求していたのではないでしょうか。こういった建築的テーマにはまだまだ探求の余地があると思います」