Interview

人類の新たなライフスタイルデザインする建築家、隈研吾

東京五輪のメイン会場となる新国立競技場のデザインに携わった世界的建築家をインタビュー。

by Koichi Yamaguchi 20191018

新国立競技場(東京都新宿区)。掲載しているパースは完成予想イメージであり、実際のものと異なる場合があります。植栽は完成後、約10年の姿を想定しております。
PHOTO: 大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所 共同企業体

時間とともに美しく老いていくような建築が、
僕にとっての理想です

「新国立競技場」や、第五期「歌舞伎座」(2013年)などの設計に関わった、日本を代表する建築家、隈研吾氏。他にも、青山の名所のひとつである「根津美術館」(2009年)をはじめ、現代の東京の顔ともいえる数々の建築を手がけてきたことでも知られている。

昨今は木材を多用した作品で海外からも注目を集めており、フランス東部の都市ブザンソンにある「ブザンソン芸術文化センター」(2012年)やブラジルの「ジャパン・ハウス サンパウロ」(2017年)など、“木の建築”の第一人者として国内外で数多のプロジェクトを手がけている。

Mansion Global:
来年の東京オリンピックでメイン会場となる、新国立競技場について、コンセプトや注目すべき意匠の特徴などを教えてください。
日本を代表する世界的建築家としてグローバルにプロジェクトを手がける隈研吾氏。PHOTO: J.C. CARBONNE

隈研吾:
今回の東京五輪は、前回の1964年とは対照的な時代に開催されます。1964年は、日本が高度経済成長のまっただ中で、GDPも右肩上がりの時代でした。ところが、現在の日本は経済が停滞し、世界でも類を見ない少子高齢化社会を迎えています。そういう時代において、人々の幸せとは何かを考えるうえでヒントとなるような建物を造りたい。そんな思いで新国立競技場の設計に携わりました。
具体的な話をしますと、たとえば最初のコンペで選考されたザハ・ハディッドの案は最頂部で約70メートルだったのに対し、大屋根を支える構造を単純化するなどの工夫により50メートル以下に抑えました。神宮外苑の環境に調和する建築にしたかったからです。

また、ザハ案は意匠の斬新さが特徴でしたが、これからの時代の建築設計においては、意匠の面白さよりも、どういう素材を使い、どういう産業を振興できるかというように、いわば経済をデザインするという視点が重要だと思っています。新国立競技場では、地方の林業を少しでも盛り上げるべく、日本全国47都道府県の木材を使いました。

商業施設、公共施設、教育施設、住宅など、予算も規模も大きく異なるプロジェクトを同時に手がけるに当たって、どのジャンルの案件にも共通するメソッドやアプローチ方法などはありますでしょうか。

ジャンルによってアプローチを変えることはありません。美術館でもオフィスでもスタジアムでも、基本的には家のリビングルームのような居心地の良さを感じてもらえる建築を目指して設計しています。

左:WE HOTEL TOYA(北海道洞爺湖町) PHOTO: KAWASUMI KOBAYASHI KENJI PHOTOGRAPH OFFICE
右:竹屋(北京) PHOTO: SATOSHI ASAKAWA

木材を用いるのは、そんな理由からでもあります。木というのは不思議な素材で、同じデザインの建物でも、木で造ると全く違う空間に仕上がります。やはり他の建築素材と比べて人間との付き合いが長いからではないでしょうか。人間は、木があるだけで心地良さを感じる。そのことに気がついて以来、この魔法の力を持つ素材を、建築家として積極的に使うべきだと考えるようになりました。

木という温かみのある素材を用いるのは、
建築家としての責務だと考えています

世界各地でプロジェクトを手がけていらっしゃいますが、東京という街の面白さ、難しさは何でしょうか。

東京という街は、江戸時代から人や建物の密度が高かったのですが、常にヒューマンスケールの町並みを保ち続けてきました。僕は、それがある種、日本のさまざまな文化のベースになっているのではないかと思っています。

建築家的な視点でいうと、やはり路地というものに興味を引かれます。路地を歩くと木造家屋が軒を連ね、盆栽が置いてあったり、植栽が施されていたり。これからは、そんなヒューマンスケールな街づくりへのニーズが高まるでしょうし、そうした部分が、海外からますます注目されるようになると思います。例えば、谷中、根津、千駄木といった下町の景観は、むしろ海外の人々から評価されていますから。

東京の街、そして建築は今後どのように進化していくべきでしょうか。

これからの東京は、高度成長期のように巨大な高層建築でアジアの他の都市と競うのではなく、ヒューマンスケールを大切にしたインティメイトな都市を目指すべきだと考えています。コンパクトで人々が居心地の良さを感じられる建物や、路地を中心に据えた街づくりを行えば、アジアの他の街とは異なる魅力を獲得できると思います。

例えば、設計に関わった歌舞伎座についても、昔は脇の路地が賑やかでした。かつて歌舞伎座に足を運ぶのは、歌舞伎を鑑賞するためだけではなく、そんな賑やかな路地を楽しむという側面もありました。今回の歌舞伎座ではそんな歴史を鑑み、建物の伝統を継承するだけでなく、路地の賑やかさを取り戻すためにはどうすべきか考慮しながら、エリア全体が歌舞伎座としての魅力を放つような建築を心がけました。

建築もサステイナビリティが求められる時代へと変化しています。環境問題に対して建築家が負うべき責務は何だとお考えですか。

サステイナビリティというと、二酸化炭素の排出量だとか、カーボンニュートラルだとか、数値的なもので語られることが一般的です。もちろんそれは大事ですけれど、僕はそれ以上に、住まう人や使う人に癒やしや心地良さを提供できるかどうか──そんな精神的なものの方が建築家にとっては重要だと思っています。その意味で、先ほど申し上げたように木という温かみのある素材を用いるのは、建築家としての僕の責務だと考えています。

一般的なサステイナビリティという意味では、コンクリートの建物の寿命はせいぜい100年ですが、木造建築に目を向けると、例えば法隆寺が建立されたのは7世紀ですから、1400年の歴史を誇ります。そういう時間とともに美しく老いていくような建築はサステイナブルですし、僕にとっては理想です。

SHANG XIA SHANGHAI (上海) PHOTO: MASAO NISHIKAWA
世代を問わず同じ分野で活躍する/した人物の中で、常に注目している建築家がいれば教えてください。

フランク・ロイド・ライトです。彼は、世界一の工業大国となり、高層ビルが次々と建設された20世紀のアメリカ社会に批判的な立場をとった異端児で、“有機的建築”という概念で自然と建築との調和を唱えました。晩年はアリゾナ州の砂漠にタリアセンというキャンプ場のような施設をつくり、若い弟子たちと共同生活を送りながら、建築教育を実践しました。僕も70歳に近い年齢になって、建築にまつわる歴史観のようなものを若い人に伝えていきたいと考えているのですが、その意味でもライトは気になる存在です。

最後に、今後注力していきたい分野や建築的ジャンルなどはありますでしょうか。

19世紀までの建築には、その国や地域に応じてさまざまな素材が用いられてきましたが、20世紀には世界中でコンクリートと鉄の建築が一般化しました。しかし、21世紀には再び多様化の時代がくると思っています。僕は、木材以外にも布のような柔らかい素材にチャレンジしたり、カーボンファイバーの建築を手がけたりしていますが、そうした新たな建築素材の可能性については、今後も追求していきたいと思っています。

左:ナクレ(宮城県仙台市) PHOTO: MASAO NISHIKAWA
右:ファーボ(石川県能美市) PHOTO: TAKUMI OTA

また、ライトがそうであったように、例えばカーテンであったり、家具であったり、建築以外のデザインも手がけていきたいと考えています。そうしたものを通して、人々のライフスタイルを新しくデザインしていきたいからです。